松伯美術館

奈良のモダン建築シリーズ 第3回は松伯美術館です。

設計 村野・森設計事務所 竣工 1996年

 松伯美術館は奈良市にある。村野藤吾氏は亡くなられた後の作品なので、おそらく設計は村野さんとともに仕事をされていたメンバーによるものだと思いますが、随所にさすがと思わせるディテールが満載で素晴らしいコレクションに負けないくらい建築も素晴らしいです。

 この美術館の建築的なキーワードは「内部空間の滲み出し」

 敷地の中に入ってまず驚くのが、エントランスが見当たらないこと。正面にみえるのはなんとバックヤードの入り口なのです。

 設計をしている人なら誰でも驚くと思いますが、やはりエントランスは正面に配置とまずは考えます。でもこの敷地は奥には広いが間口は狭い。(実際には敷地としての間口は広いのですが、北西側は小高い丘のようになっており、鬱蒼とした木々に覆われています。ここを切り開くという選択肢は最初からなかったのではないかと思います。となると外部からのアクセスとして使えるのは南西側の10mほど。下に示す模式図の左下にある▲が敷地への入口。)

 美術館なので、外部からのトラックによる搬出・入は絶対に必要だけれど、間口が狭いため来訪者とバックヤード2つのエントランスを設けることは出来ない。基本設計の段階でずいぶん悩まれたのではないかと想像します。でも搬入のための車寄せを考えると、バックヤードを正面に持ってこざるを得ない。そこでメインエントランスはその真逆へと配置し(模式図中のE)、来訪者は建物脇のアプローチを抜けていくという動線にし、長くなってしまったアプローチを逆に建築的工夫で楽しんでもらおうとするアイデアが満載なのです。

 模式図でピンクに着色した部分がここでいう「内部空間の滲み出し」。アプローチに沿って次々と内部空間が垣間見えるように配置されていることが分かると思います。

 まずは、正面2階に見える階段室。建物から飛び出したように、RC造の重厚感のある建物本体に対して鉄骨造の軽やかなつくりとなっています。ベージュ色の落ち着いた建物の色彩に対して真っ白にペイントされたスチールが浮かび上がるような配色となっています。全面ガラス張りで中の人の動きがちらちらと見える。これは正面が全くバックヤード然としてしまわないための工夫だと思います。正面にエントランスはないけれども、建物内部の様子や中にいる人の動きが垣間見えることで、鑑賞への気分も高まります。実はこの面は西向きで、夏には非常に強い西日を受けるため温熱環境的にはとても不利なのです。私も最初は、どうしてわざわざ西側にガラス張りの階段室を設けたのだろうかとかなり疑問に感じていました。実際に訪れてみて分かったの事ですが、これはそうまでしでも、正面に外部へと開かれた空間を作りたいという強い意思の現れなんだと納得しました。もしこの階段室がなく、のっぺりとした壁面だったらと想像してみてください。ちょっと美術館へ来たという高揚感を殺がれてしまうのではないでしょうか。

 建物右手に見える小さなアプローチを歩いていくと、特徴的な柱によって支持される屋外階段が見えてきます。構造形式はRCですが、手摺とささらに白く塗られたスチールが用いられています。そしてこの階段は建物本体から張り出したガラス張りのキューブから伸びており、建物本体から明確に切り離すことで内部空間を滲み出させる、というさきほどの階段室と同じ効果を狙っています。そして上り勾配になっているアプローチの途中にガラス張りの渡り廊下と白いスチールの柵(これもしっかりデザインされている)に囲まれたバルコニーといった、内部空間の滲み出しが次々と見えてくるようになっており、歩みを進めると共に変化していくシークエンスによって、長いアプローチを飽きさせず、かつ展示室内への期待を高める工夫が素晴らしいです。そう考えてくるとエントランスホールをわざわざ建物本体から独立させて、ガラス張りの特徴的な小部屋のように扱っているのも、内部空間の滲み出しと捉えることができ、なるほどと合点がいきます。