軸組が完成するとすぐに屋根を架ける工事に取りかかります。特に木造の場合は雨に濡れると困りますから、屋根工事は迅速に行わねばなりません。屋根が架かると、限定された空間が出現し、建物の輪郭が現れるのでようやくここまで来たなという気持ちになります。「屋根がある」という安心感によって工事現場の雰囲気もずいぶん変化するように思います。
屋根
下の写真のように屋根が架けられ、でも外壁はまだの状態というのは建築の原型のような感じがしてとても好きです。建築家の槇文彦さんはよく「隠れ家と眺望」というフレーズを引用され、建築の本質について述べられていますが、まさにそのような原初的イメージにぴったりじゃないか、と思います。いつかこのような屋根と架構のみといったプリミティブな建築を作ってみたいなと思います。もし建築のプロジェクトに関わるような時にはぜひとも現場で建物が出来上がっていくそのプロセスも楽しんでください。その時にしか見ることのできない景色が広がっています。
でも、これではさすがに住宅としては成立しないので、先に進んでいくことにしましょう。
谷崎の名著「陰翳礼讃」に日本建築における屋根の印象を語った一節があるので、ここで引用してみたいと思います。
”われわれの国の伽藍では建物の上にまず大きな甍を伏せて、その庇が作り出す深い広い蔭の中へ全体の構造を取り込んでしまう。寺院のみならず、宮殿でも、庶民の住宅でも、外から見て最も眼立つものは、ある場合には瓦葺き、ある場合には茅葺きの大きな屋根と、その庇の下にただよう濃い闇である。時とすると、白昼といえども軒から下には洞穴のような闇が繞っていて戸口も扉も壁も柱もほとんど見えないことすらある。(中略)さようにわれわれが住居を営むには、何よりも屋根という傘を拡げて大地に一廓の日かげを落とし、その薄暗い陰影の中に家造りをする。”
説明が上手すぎて、この段落全て引用してしまいたくなりますが、ここではもう少し現代に当てはめた形で屋根について考えてみたいと思います。谷崎の印象を図にすると上のような形になるでしょうか。「まんが日本むかしばなしに出てくる家」みたいなイメージですね。なぜこんなに屋根が大きくなったのかというと、当然雨が多いからなのですが、その降り方も短時間に強く降るという特徴があります。なので雨水を出来るだけ素早く地面に流す必要があり、そのため勾配が急になります。そして、それに風が加わると横殴りの雨となって、自ずと軒が深くなってきます。そうして横に張り出した分ますます屋根が大きくなるというわけで、屋根しかない!という感慨から谷崎の名著にある通り「陰翳の中に美を見出す日本人の感覚」が生まれたのでした。
屋根の形はたくさんありますが、一般的に住宅で採用されるものは「切妻」「寄棟」「入母屋(いりもや)」「方形(ほうぎょう)」「片流れ」くらいでしょうか。入母屋は今ではほとんど見られなくなりましたが、ほとんどの住宅は上記、あるいは上記の組み合わせで出来ていると思います。
どの屋根にも一長一短あるのですが、大事なことは「出来るだけシンプルに屋根を架ける」ということではないかと考えています。屋根は建築物の中で最も過酷な環境に晒される部位であり、当然損傷も早いのですが、屋根の損傷は建築物全体に被害を及ぼします。特に重大なのが、雨漏りです。屋根の形が複雑になればそれだけ雨漏りリスクも増大します。グーグルアースのおかげで誰でも手軽に世界中の航空写真を見ることができるようになりました。機会があれば一度屋根の形に注目して見ていただくと、この家は一体どんな形をしているのだろうと驚くような屋根がたくさん見つかると思います。
屋根の形が複雑になってしまうのは、平面がデコボコしているのが要因なので、結局は設計の基本である平面を綺麗にまとめるというところに行きつくのです。平面がシンプルな形でまとまっていれば、自ずと屋根がシンプルで美しい形になり、それが建築物を長く使い続けるための第一歩となるのです。特に強い雨の多い日本では、雨水は出来るだけ速やかに地上へ流す、というのが鉄則です。
日本の雨のように、一雨の量は多くても間隔が開く場合は、材料の吸収量はさほど変わらず、この水分は雨の合間に乾燥することができるので、木材や土壁のように長期の耐湿性に欠ける材料でも、水はけさえ注意すれば露出状態で使うことができます。ただし、建物の外皮の構造は多量の雨水を内部に呼び込まないように配慮し、万一内部に浸水した場合にも速やかに乾燥できるものとすることが必要です。 石川廣三「雨仕舞いの仕組み 基本と応用」彰国社、2004