前回までで、一通り外殻としての建築を作っていくプロセスが終了しましたので、今後は部位別にみていこうと思います。
今回は住宅の中で最も複雑かつ重要な場所であるキッチンを取り上げてみようと思います。「くうねるところに住むところ」という人口に膾炙したフレーズの通り「くうこと」というのは生きていく上で最も重要なこと。なのでその「くうこと」を司る「キッチン」は住宅の中で最重要部位ということがいえると思います。設計においても、給排水、ガスなどのライフライン、冷蔵庫、ガスコンロ、電子レンジ、オーブン、シンクといった設備機器、そして和・洋・中に対応する大量の調理器具類、これらを2畳程度のスペースに、機能的に配置しなくてはいけないので設計の難易度は高く、それだけやりがいもある部分です。キッチンを疎かにしては、住宅は成立しませんから、特に気合を入れて設計を行います。
キッチン
キッチン設計のポイントは、「広く・シンプルに」に尽きると思っています。
当然限られた全体の中でのことなので、限度はあるのですが、どうしてもダイニングやリビングといったいわゆる居住空間の優先順位が高く結局キッチンが押されてくるということになりがちなので、設計に取り掛かる際の意気込みとして、キッチンは広ければ広いほど良い、という気持ちで臨みます。そして毎日使うので掃除のしやすさを考えたシンプルな納まりに徹する、この2つがキッチン設計の勘所です。
その広さに関して具体的にいうと、必要なのはワークトップの広さです。日常的に調理をされる方は理解していただけると思うのですが、家族分(3人以上)の分量で複数のおかずを一度に調理しようとすると、あっという間に作業スペースは調理器具や食材で埋まってしまいます。なので食器を並べ、下ごしらえの食材を並べ、そこに調理器具が参加してくるということを考えると広すぎて困るということはまず無いのではないでしょうか。キッチンでは火を使い包丁・ハサミといった危険な器具も扱うので、安全に作業を行うスペースという意味でもとても大事です。
そしてワークトップを広くすると、その分下の収納スペースも同時に広がるので、目障りであまり使い勝手のよくない、あの忌まわしき吊り戸棚(笑)を無くすことも可能になってくるのです。
具体的にhouse i のキッチンを見てみましょう。このキッチンは2列になっており、外壁側にI型のコンロと作業台、半島型のシンク・作業台・コーヒースタンドという構成になっています。吊戸棚はありません(笑)どちらも巾2,600mmで奥行650mmと結構大きめに作りました。これだけ作業スペースがあると、結構手の込んだ調理をする際にも足りなくなることはあまりありません。
そして手入れのことを考慮しコンロ側の壁面はステンレスの板を張っています。子ども2人とも男の子で揚げ物が多いので、これは正解だったなと思います。タイル貼りで雰囲気を作りたいという思いもあったのですが、おそらく日々の手入れが追い付かなかっただろうなと思います。壁もレンジフードもステンレスでかなり「厨房感」が出てしまうなという懸念があったので、ナラ材の棚板を取付けディスプレイ用としています。その下面には手元灯を仕込んでいます。この棚板のおかげでだいぶ「厨房感」は和らいだように思います(笑)。そして、これは使い勝手の上で結構重要なポイントなのですが、コンロの両サイドは鍋1つ分が置ける程度の余裕が必要ということ。上のスケッチでいうとコンロの左側に40センチのスペースをとっています。一時的に鍋を火からおろすなど、といったシーンが結構あるのでこのスペースの有無は結構使い勝手を左右します。
キッチンを設計するにあたって重要なのは、その高さです。これを誤ると毎日の調理が苦痛でしかなくなってしまいます。低いと腰が痛くなるし、高いと力が入りません。その微妙な加減ができるのがオーダーメイドの最大の特長であります。市販のシステムキッチンでもある程度対応できるようですが、5センチ刻みくらいではないかと思います。ただ家具屋さんにオーダーすると一気にコストが跳ね上がるので、大工さんと建具屋さんの協働で作ってもらうようにするとだいぶコストは抑えることができます(市販のシステムキッチンよりは多少安くできるのではないかと思います)。そのためにも、極力シンプルな設計とするよう心がけます。手持ちのキッチンツールを全て計測して、それらがピタッと納まるように設計するような事例もあるようですが、大きめの引き出しや、戸棚をざっくりと作っておくという方が将来のことを考えると、うまくいくように思います。キッチンツールは消耗品なので5年とか10年もすれば買い替えとなるのですが、その時に全く同じ商品があるとも限りませんし、家族の増減によって調理する分量も変化します。住宅とおなじようにある程度のおおらかさが必要ではないかと考えています。
上の写真ギャラリーの最後に炊飯器専用引き出しがありますが、これもワークトップを広く使いたいというところから出てきたアイデアです。炊飯器は性能が良くなって10年くらい前と比べると結構大きくなってきたなという印象があります。炊飯器も毎日使うものなので仕舞うと不便だけど、出しっぱなしにしておくと場所を取るなあという悩みを解決すべく、キッチンの側面に専用引き出しを作りました。使うときにはピッと引き出せばよいだけなのでかなり便利です。シンクのすぐ反対側にあるというのもポイント。お米を研いだら、お釜を持って振り向けば炊飯器にセット完了という具合です。こういうちょっとした工夫は、設計中の楽しみでもあります。